2010年6月29日火曜日

tele-technology

英語のtechniqueの語源であるギリシャ語のtechne(テクネー)。この語はもともと人間のもつ制作能力一般を指す語として、芸術、医術、弁論術(いずれにしても「術」であり、現代英語のartに相当する)など幅広い領域をカバーしていました。現在でもtechniqueという語はサッカー、ピアノ演奏、医療行為、論文作成など、場所を選ばず用いられています。technologyという語は、現在いわゆる機械の文化を前提として使用されているけれど、それでもなお、人間の延長、人間のなしうる術の延長といったニュアンスを含み込んでいると考えてよいでしょう。この「延長」ということは、時間・空間的にも理解される必要があります。私の関心事である電子図書館を考えてみても、そのことはあきらかです(欧州電子図書館Europeanaを紹介する文書において、それはヨーロッパの「仮想旅行」を可能にするものだと言われています)。

ジャック・デリダは、「エクリチュールとはすでにひとつのテレテクノロジーである」と述べています。ecritureはもともとフランス語で「書き言葉」を意味する語ですが、デリダの文脈においては、主体(書き手や発話者など)の全体的統御を逃れ去ってしまう言語活動の残余を指しています。書き言葉は作者のもとを離れ、いつ・どこで、誰によって、いかようにも解釈されうるという危険を拭い去れませんが、それは話し言葉とて同じことです。他方tele-technologieのtele-は「遠隔」を意味しますが、technologyについて私が先ほど述べたことからすれば、実はこのtele-という語は余計であり、冗長であるとさえ思われます。つまりtechnologyはもともと遠隔的なものであるということです。ただし、technologyが内包するある種の断絶をことさら強調するためには、この接頭辞が一定の役割を果たすことも否定できません。

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